2020年開催で10年の節目を迎えた国内最大級のフリーライドの祭典、「Tenjin Banked Slalom」。あらゆるスノーボーダーを取り込み続ける未知数のポテンシャルと、さらなる奥行きが拡がるこのムーブメントの首謀者に直撃。
Photos by: YoshiJosefToomuch, Kentarou Fuchimoto.
Words by: Epic Snowboarding Magazine.
フリーライドへの原点回帰。よりアクロバティックな方向へ進化し続けるコンテストシーンを横目に、トップビデオスターたちはフリースタイルトリックをビッグマウンテンへ持ち込みはじめた、2000年代中盤。このスノーボードシーンの潮流は、時の流れとともにあらゆる変化を与え、時流を生み出した。そのなかのひとつといえる、2010年に谷川岳・天神平にて始まった日本国内におけるバンクドスラロームムーブメント。シーズンを重ねるごとに参加者数と全国各地の提携イベントは増え続け、とどまることを知らないこの国内スノーボードシーンの一大ムーブメントの仕掛け人にインタビューを敢行。話はひとつの大会のこととは思えないほどにディープで、スノーボーディングカルチャーのコアな部分を捉えていた。イベントオーガナイザー・福島大造と、プロデューサー・西田洋介の言葉とともに10周年を迎えたTenjin Banked Slalomを振り返ってみよう。
福島大造
(Tenjin Banked Slalom オーガナイザー)

Tenjin Banked Slalom(以下、TBS)開催10周年おめでとうございます。大きな節目を迎えた今の気持ちを聞かせてください。
最初はここまで大きくなるとは思ってなかったけど、とにかくずっと続けていけるような大会を目指してやってきたから、みんなで積み重ねてきたことで10年というひとつの区切りを迎えられて嬉しく思っているよ。
10年前、初回の開催に至ったキッカケはなんだったんですか?
TBSという名前になる前に、じつは1回やってるんだよね。天神平ロープウェイの下の田尻沢で「天神平田尻沢チャレンジ2010 ナチュラルバンク&ダウンヒル」という大会をやったんだ。田尻沢からロープウェイ乗り場まで2kmもあるコースでさ(笑)。それが終わったときに、西田くんと「もっとデカくやろうよ」って話になったんだ。俺はオーガナイザーとしてコースや運営などの現場サイドのことをやって、西田くんはプロデューサーとしてスポンサーとのコミュニケーションやプロモーションのことで動いてくれてTBSは始まったんだよね。
2kmはヤバいですね。
田尻沢でのバンクドは、開催する10年くらい前から企画書持って提案してたりしたんだけど叶うことがなくて。天神平スキー場の社長が変わったときに「今だっ」っていうことで提案し直して、それがやっと実現したのが2010年の田尻沢チャレンジでさ。でも、本当の最初から考えると、27〜8年前にバンクドの世界大会が新潟の湯沢パークスキー場であって、たまたまその大会スタッフをやったことでバンクドに出会って。その数年後にクレイグ・ケリーとジェフ・フルトンとかMt. Baker Hard Coreチームが天神に撮影に来ていて、当時20代前半の俺は「ベイカーのバンクドに出させてくれ」とか直談判したりしていて。そういったところからバンクドとの関わりが始まってたんだ。
どんなボードのカタチでも勝てるようにする。というのはいつも考えてる
Photo: Kentarou Fuchimoto
コースづくりに関して、こだわっていることはなんですか?
こだわっているのは、どんなボードのカタチでも勝てるようにする。というのはいつも考えてる。フリースタイルボードだったりパウダーボードでも、どんな板でも戦えるコースにしたいよね。ターンの弧が緩かったり、バンクが寝てて平面なコースだと、サイドカーブが大きめに作られているレースボードのほうが強いしね。やっぱ、その手の板は前に前に走るようにできてるし。最初から最後までユルくて気持ちいいコースだとレースボードだけが勝つことになるし、大会をやってもただのレーサーの集まりになって面白くなくなっちゃうからね。だからタイトでクイックなバンクとかも必要なんだよね。あとはやっぱり、天神にいるスノーボーダーはフリーライドで育ってるから、こうスーッと「落ちる」っていう感覚も欲しいよね。自分だけの考えでやるっていうよりは、アメリカから来てくれてる、マット・カミンズやマイク・カミンズもそうだし、とにかく掘りの現場にいるみんなの意見を聞いて、いい形にしたいと思ってやってるよね。
この10年のなかで出場メンツが変わってきたり、リザルトの出かただったり、変化があったと思いますが、どのように感じていますか?
今は前よりも幅広い人が出場してくれていて、40〜50代のエントリーが年々増えてるから、その世代の人が楽しめるようにしたいというのも考える。その世代の昔に競技やってた人が一番熱いんだよ(笑)。オープンクラスはもう、若手の台頭だよね。でもコース作りとしては、おじさんでも勝てるようにしたいとは思ってるよ。勢いだけじゃ無理だぜっていうような(笑)。本家のベイカーもそうなんだけど、意外とベテラン勢も若手と一緒に上位に入っていて、中堅が少ないっていう結果になったり。若手ライダーの勢いと切り返しの反応の早さっていうのには勝てないんだけど、そこをコースの作り方で、ベテランでもうまく切り返していけるような形にできれば、まだまだイケるっていうさ。
なるほど。コースをディレクションするのも楽しそうですね。
そうだね。あとバンクドが面白いところって、ムダなく踏んでいけるようなバランスの体重の子供とかがめちゃめちゃ速かったり、バンクの間隔や角度がちょうど身体にあってると、失速が少ないとかね。逆にオープンクラスのパワーあるライダーだと速すぎちゃって、次のバンクが難しくなって失速するとかさ。TBS 2020は、小学6年生の子が後半は誰よりも速かったんだけど、それもたぶん体重とかもちょうどハマってたんだと思うんだよね。すべての年代が一緒に遊べてるし、勝てる可能性があるっていうのもバンクドの面白いとこだよね。


一番大事なのは、TBSのスタイルでやり続けるということ
Photo: Kentarou Fuchimoto
TBSの今後は、どのような構想をみていますか?
流行りモノで終わらすんじゃなくて、継続していくっていうのを目標にしてる。あとは、国内ではリーディングイベントとして「天神が一番だよね」ってずっと言ってもらえるようにしていきたいしね。実際の運営に関しても、立ち上げ当初はスタッフもボランティアでやってもらったりしていたけど、今はしっかり分配できるようにして、コース、プロモーション、スタッフのケアもしっかりやりながらっていうカタチを継続していきたいと思ってる。そうじゃないと続けられないからね。それといちばん大事なのは、TBSのスタイルでやり続けるということ。ありがたいことに、いろんな会社からワンブランドで冠スポンサーのオファーを貰ったりするんだけど、それは断っているんだよね。ほかの色に染まらない形で、このTBSをしっかり継続していければと思ってるよ。
西田洋介
(Tenjin Banked Slalom プロデューサー)
俺らなんかビーコンすら知らない時代だったからさ、まだ
TBSのルーツ、このイベントを始めた経緯を聞かせてください。
始めた理由っていうのは、クレイグ・ケリーの存在だよね。クレイグと出会って西黒沢とか谷川のフィールドを知っていって、アバランチのリスクとかいろんなこと教えてもらったんだよ。俺らなんかビーコンすら知らない時代だったからさ、まだ。
それまで洋介さんたちは、天神のスキー場は滑ってたけど、バックカントリーはまったく滑ってなかったということですか?
当時はハーフパイプとかジャンプとかしかしてないからさ。クレイグたちは同じリフトを使っていても、尾根沿いをトラバースしていって山のなか入って行っちゃって、戻ってこないワケじゃん。で、俺らは「あれ? 彼らあっち行ったよね?」ってなっててさ(笑)。そのときはまだ、俺らもフリースタイルにしか興味がなかったから、その下のパイプでステイルフィッシュとか540とかやっていたような時代だった。あるときにクレイグたちについて行って西黒沢に行って、「え〜」ってなって、新しい世界広がっていったっていう感じだから、もちろんクレイグをリスペクトしてるっていうのは、すごいあって。俺も大造もそこは変わらないし、バンクドスラロームのムーブメントは、本家べイカーバンクドの初代チャンピオンでもあるクレイグが広めたものだと思っているし。そこからクレイグの意志を継いで、俺らも天神でバンクドをやろうよっていう話になってさ。カミンズ兄弟だったりベイカーローカルを呼んで、一緒にコースづくりからやるということも、そういう思いでやってることなんだよね。
Photo: Kentarou Fuchimoto
今までの日本のスキー場の在りかたっていうのが、スノーボーダーに合っていないわけじゃん
洋介さんたちは、今年も各地の提携大会を訪れていましたが、天神から始まった国内のバンクドスラロームのムーブメントをどのように見ていますか?
全世代楽しめる大会だし、どこも人が集まって盛り上がっているよね。この楽しみ方を突き詰めていけば、Happo BanksやMinakami Vibesなどの3Dの地形パークまで行き着くと思うんだよ。ようは、今までの日本のスキー場の在りかたっていうのが、スノーボーダーに合っていないわけじゃん。
そうですね。もともと平らに整地されちゃってる状態ですもんね。
そうなんだよ。圧雪したフラットのバーンだけあっても、基礎を学ぼうとしたって、カービングしかできない。そこから、スノーボーダーたちがハーフパイプやジャンプなどの地形を作ってみたりっていう流れがあって。とはいえ、オリンピックの種目になってからのハーフパイプは大きくなり過ぎちゃって、普通の人が入れないサイズになってしまっている現状があって。それ以前のパイプはそれぞれのスキー場のオリジナリティがあって、それに合わせる滑りが楽しめた。いまは競技の要素が強すぎて、遊べなくなっちゃったっていうさ。
地形遊びの延長ではなくなってしまった。
そう。だからいま、流れとしてはスキー場に残っている地形や壁をうまく使って、セクションだったりパークを作って“スノーボード場にしていく”っていうアプローチ。それにバンクドスラロームが連動していると思ってて。バックカントリーに関しても、スキー場にある3D地形で培ったスキルを持ってから、行くべきなのかなっていうさ。バックカントリーには整地されてる斜面なんかどこにもなくて、地形に対応していくっていうまさにそういうフィールドじゃん。いきなり初めてバックカントリーに行っても、しっかり地形を使って攻めれる人なんていないからさ。
地形が見れてないと、謎のラインで滑って行っちゃったりしますよね。
そうでしょ。ただ行ってるだけっていうさ。スノーボードでのトップトゥボトムのラインをスキー場のなかで練習していくには、バンクコースとか地形パークを滑るのが適してるし、楽しいからみんなうまくなると思うんだよね。
フリーライドと競技、別方向に進んでいってしまったモノを繋げていけるムーブメントになれば面白い
パークシーンに関しては、ラインが直線的だったりして、地形をみて3Dにラインを振っていくような山の滑りと別物の発展の仕方をしていきましたよね。
そうなんだよね。だからバンクドが、地形を使うフリーライドの滑りと、競技的な滑りで別方向に進んでいってしまったモノを繋げていけるムーブメントになれば面白いな、と思っていて。ただのひとつの大会とかではなくね。TBSで10年やってわかったことを2、3回目の開催だったりする各地のバンクドに遊びに行って、伝えられたらなっていうさ。いまはそんな段階だよね、10年っていうのは。
タイムを測るバンクドスラロームとはいえ、山でのフリーライディングがベースにあるということですね。
そう。そんななか危惧しているのは、タイムだけに固着したモノになることでさ。やっぱりタイムの世界だから、どうしてもそっちに寄っていってはしまうんだけど、それってスキーのタイムレースと同じになることだからさ、あれほど俺らの感覚から遠いものってないわけじゃん。
そうですね。
その“単なるレースになってしまう”っていうところを改善して、全スノーボーダーが楽しめるイベントにしていくのが次の10年の課題だね。日本でのバンクドは既にブームではなくなって、カルチャーになったというか、いきなり消えることはないと思うんだ。各地での大会もこれからも増えていくと思うし、そこからスキー場の常設にしていけたりとかさ。山に出かける理由として、やっぱりパウダーの魅力だけじゃ厳しいからさ。コンディションが良くなくても、つぶしがきくアイテムが必要。雪が良くなくても遊べるって状況が必要なんだよ。固いピステンバーンだけじゃさ、滑りに行かなくなっていくじゃん。
遊ぶ地形に乏しいスキー場には、行かなくなりますよね。
だからバンクドもタイムだけでなく、ライン取りとかスタイルを評価していくってとこに着目していかないと、やっぱり面白くないなと。タイムだけじゃない良さがないとバンクドじゃないっていうふうに思っているし。じゃあどうすればいいのかってのをみんなで考えていく時期なのかなって思ってる。だって普段のフリーライドにタイムなんか関係なくて、バンクがあったらスラッシュしたり、飛んだりするわけだからさ、そんな要素を加えていけたりするような進化をしていきたいなと考えているよ。
フリーライドとフリースタイル、別のベクトルに進んでいた事象を人口地形という共通項でつなぎ、タイムレースというシンプルかつアツくなれる形式で全世代のスノーボーダーを虜にするバンクドスラロームカルチャー。
主催者の思惑は、ひとつのイベントとしての枠を大きく超え、スキー主導で作られてきたスキー場というフィールドそのものの変革だった。
COVID-19の感染拡大からの、未曾有の経済危機に直面している昨今。スノーボードシーンへの影響も少なからず降りかかってくることを覚悟しなければならない。人々を山に連れ出すためのハードルが上がってしまうことを考えれば、地形アイテムやパークを盛り上げ、より魅力的なフィールドを提供するスキー場が増えるのは必然だろう。
国内で数千人規模のスケールで展開される、バンクドスラロームカルチャーを牽引するふたりのビジョンが、実現されていく日はそう遠くないのかもしれない。

Okaken Cinema “Tenjin Banked Slalom 2019”ハイライトムービー