EPIC SNOWBOARDING MAGAZINE

Kenji Ando 安藤健次 Ride Snowboards

いつかの夢を実現。KENJI “ANDY” ANDO

昔はヤバかったじゃ通用しない世界の掟は、僕らを夢中にさせ続けるスノーボーディングにおいて避けることはできない。
異色なキャリアとバックボーンを持つスノーボーダー、安藤 “Andy” 健次が自身の名を冠したシグネチャーボードをリリースした。
50歳にしてRide Snowboardsから世界発売となる板をリリースした安藤健次とはどんな人物なのか?
発売に合わせて公開された映像とともにその目で確認せよ。

Photos by: Junichirou Watanabe.
Words by: Yasuhito Wakebe / Epic Snowboarding Magazine.


 

Kenji Ando 安藤健次
 

  “10年後の自分がなにをしてるか?”。

人生において目標を設けることは大事だ。目標を立てることはできるが、それを実現することは容易なことはではないこと、それは誰もがわかっている。安藤健次という人物を初めて認識したのはいつの頃だっただろうか? 筆者がスノーボーディングにのめり込んだのは、10代後半、20数年前だ。その当時はVHSのビデオや雑誌から得る情報に釘付けになり、うろ覚えの記憶のなかでもANDYという人物がスノーボード、スケート、BMXに乗り、残してきた映像や写真の数々は、シーンのなかでも存在感を放っていたことをハッキリと覚えている。

 スノーボードキャリア30年、Ride Snowboardsチームに加入して10年。そして50歳を迎えた安藤健次。そして、自身の名を冠するシグネチャーボードがリリースされた。スノーボード、スケート、BMXのメッカであるアメリカ。きっと誰もが憧れたことがあるであろうアメリカのブランドからシグネチャーモデルを出すことが容易ではないことは、滑り手ならば誰もが承知のはずだ。先人に敬意を払いつつ、昔はヤバかったじゃ通用しない世界の掟は、僕らを夢中にさせ続けるスノーボーディングにおいて避けることはできないと思う。瞬間的な興奮と達成感に快楽の味を知った横ノリ民族は、つねに“今”を求めているからだ。このシーンの先頭に立つライダー、滑り手ならば誰もが望むであろう夢を実現させた安藤健次は、決してラッキーや偶然ではなく、自分自身で最高の栄誉を掴み取った。

 

 

Kenji Ando 安藤健次 Ride Snowboards

 

 

「30年って長いけど、1年で1回しか冬はないんだからね」

 

 

 安藤健次という人物のキャリアの軌跡は、世界中を探してもほかにはそうはいないだろう。そのキャリアは、決してマルチなライダーとして認識してはならない。なぜなら、どのシーンにおいても界隈を賑やかし、リードしてきた存在であることが間違いないからだ。スノーボーダーとしての活躍もさることながら、幼少期から没頭したBMXや10代でのめり込んだスケートボードのシーンにおいても、数々の痕跡をそれぞれのシーンに残してきたのだから。
 

 

 

「30年って長いけど、1年で1回しか冬はないんだからね。30回しかまだやってない。」と語ってくれた言葉が妙に腑に落ちる。ここ数年にわたり、Ride Snowboardsのビデオプロジェクトの映像作家として携わることができた僕はラッキーだ。なぜなら、コマーシャルを撮って作るだけではないから。映像を撮り溜めたいという理由でもない。決められた期間でプロとして残すことに執着した滑り手とのセッションは特別だ。短い期間であったとしても、ともに過ごすことでお互いの理解が深まり、滑り手の考え方や楽しみ方、向き合い方をつねに勉強させてもらっているから。彼に関していえることは、自分が楽しいと思うことを探究する達人だ。そしてのその楽しみを自分の満足で終わらすだけでなく、背中で語ってくれている。そしてなにより関わる仲間を敬うリスペクト精神に心を打たれる。

 前置きは長くなったが、安藤健次の過去と現在。そしてDAYZEによるアートワークのバックストーリーを約12分に紡いだ、『Kenji “Andy” Ando x Dayze x RIDE』。人種やブランド、垣根を超えて、安藤健次とは? の答え合わせをして欲しい。

 

KENJI “ANDY” ANDO X DAYZE X RIDE


Ride Snowboardsより公開された、DAYZEのアートワークに込めたヒストリーと安藤健次の現在値とメッセージ。約12分のショートドキュメンタリー。

 

 

DAYZE ANDY

DAYZE x ANDY
安藤健次の自宅のガレージを再現。リリースパーティ会場にて

 
 

 安藤健次が人生を変えてくれたと話すRide Snowboardsのマジックボード、WarpigにDAYZEによるアートを纏ったシグネチャーボード、Ride Andy DAYZE X Warpigはグローバルリリースされた。 日本、いや世界のスノーボード史に名を刻むことができる唯一無二の滑り手である安藤健次だからこそ、実現できたに違いない。スノーボーディングに没頭して止まない僕らにとって誇りであり、向き合う姿勢をこれからも学ばせてもらいたい。

 

むちゃくちゃテレるわ。嬉しいけどな。

  
  

Kenji Ando 安藤健次 Ride Snowboards
 
 

 京都生まれの安藤健次がスノーボーディングにスケート、BMX、Fixed Bikeや釣り、ライフスタイルを磨く定住の地として選んだ第2の故郷、札幌。シグネチャーボードのリリースパーティは、10月6日、札幌Buddy Buddyにて行われた。会場には、ボードのアートワークを手掛けたDAYZEをはじめ、北海道を代表する名だたる顔ぶれのライダーが一堂に集まった。会場には、お気に入りのWarpigの板や様々のギアが並ぶ。自宅ガレージを再現したブースや、Ride Snowboardsに加入する前に在籍していたドメスティックスノーボードブランド、Moss Snowboardsからリリースしていたシグネチャーボードが展示。オープンとともに主役の安藤健次を目掛けて話しかける人だかりは、大物著名人さながら。そして、映像上映時には1Fや2Fの通路まで身動き取れないほどの人がフロアを埋めていた。そんななか印象的だったのは、スクリーンに映る父親、夫を目の前にする安藤ファミリーの笑顔。そしてStudio 328こと三ツ谷氏による熱烈なシャウトアウト。ライダー勢をはじめ、多くの来場者のハイテンションなトークで終始盛り上がっていた。4時間飲み放題という盛大なパーティだったが、時間が過ぎるのはあっという間だ。盛大な会場作ってくれたRide Snowboards Japanにも改めて感謝を伝えたい。

 

 

Kenji Ando 安藤健次 Ride Snowboards
Kenji Ando 安藤健次 Ride Snowboards

 

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 安藤健次が好きなことに傾倒するモチベーションとはどこからくるのだろうか? 彼と過ごすなかで気になっていたことのひとつだ。「疲れを疲れでかぶす。だってちょっと休んだってたいして変わらん。俺は楽しいから。ずっとやってたい」。なるほどそうか。普通ではない。歳を重ねるにつれて好きなことをやり続けることは簡単ではなくなる。家族を守り、自分の目標へと己を磨く。時の経過とともに、時間の流れは早くなり、さまざまに変化していく環境に対応していかねばならない。

“あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない”。〜抜粋。 - スティーブ・ジョブス –

 安藤健次が話してくれた、「10年後の自分がなにをしてるか? 〜10年後にいま言ったことを実現するために。」というメッセージは、通ずるものがある。他人と自分を比べる必要はない。だが、安藤健次の残してくれたメッセージは多くの人へと届くだろう。10年後の自分がなにをしているか? を自分に問い正し、今新たに強いモチベーションを持つことができた。こう思わせてくれたことは、背中でみせてくれるライダーとしての側面もあるが、安藤健次という人間力なのは間違いない。

 “10年後の自分はなにをしていますか?”。

 

 

DAYZE

 

 

 

kenji ando ride snowboards 安藤健次 ライドスノーボード
 
安藤健次 / Kenji “Andy” Ando
1973年2月16日生まれ、京都府出身。20年以上に及ぶライダー歴のなかでシグネチャーモデルのリリース、シグネチャートリック、そして多くのセッションで爪痕を残し続け、各地のシーンで重鎮に語り継がれるストーリーを持つプロ中のプロ。
メインスポンサー:Ride Snowboards, Anon Optics, Picture Organic Clothing

 


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