EPIC SNOWBOARDING MAGAZINE

bryan iguchi ブライン・イグチ

ブライアン・イグチ / BRYAN IGUCHI「未知の斜面に挑戦することで、スキルアップし続けられる」

真っ赤な髪に極太パンツというトガッたファッションとスケートライクなトリックでフリースタイルシーン創成期を牽引し、今もなおエグい急斜面をチャージするリビングレジェンド、ブライアン・イグチ。
勢いを増しながら進化し続けるライディングを観ればみるほど、彼の人生のラインチョイスにはスノーボードを長く楽しめる秘訣が隠されていると思えてならない。来日していた井口師範に突撃インタビューを敢行。

 

All Photos by Sean Black. Interview by Epic Snowboarding Magazine.
Special Thanks: Arbor Snowboards, Volcom Japan, Influenza Go Go.

 

 

bryan iguchi ブライアン・イグチ volcom ボルコム

自分がもっとも自由を感じる場所と語ったホームマウンテン、ジャクソンホール

 

 

 レジェンド。本来はある人物の功績へのリスペクトの念を込めて使われる言葉だが、一定の年齢を超えているだけでレジェンドと呼ばれることも少なくない昨今。“スタイル”、“ザ・デイ”しかり、気軽に多用されることでその言葉が差す芯の意味は薄まってしまうのかもしれない。だが、私たちがブライアン・イグチをレジェンドと呼ぶのは、その“レジェンド系”とはまったく関係のない話で、そう呼ぶ以外に彼を形容する言葉が見当たらないからだ。むしろ、今もなおハードなテレインを攻め続けているブライアンは、正真正銘のリビングレジェンドにほかならない。

 ロサンゼルスで生まれ育ち、13歳の頃にはスケートボーダーとしてスポンサードされ、Transworld Skateboading誌にライディングが掲載されるなど、スケートボーディングの色濃いバッググラウンドを持つブライアン。’90年代初頭、世界初のスノーボードパークのセクションを手掛け、勢い溢れる滑りでスノーボーディングにスケートの世界観をブッ込みはじめたキーマンであり、現在に続くパーク文化の先駆け的存在。ジャクソンホールに移ってからはバックカントリーでのライディングを追求し、その進化は40代に突入してもとどまることを知らない。

 フリースタイルシーンが産声を上げた時代の温度感や、山との向き合いかた、ライン・スノーボーディングにおけるマニアックなことまで、いちスノーボーダーとして聞いてみたかったことを投げかけたロングインタビュー。

 スノーボーディングに向き合うすべてのスノーボーダーに捧げたい。

 

 


“The Unfound: Bryan Iguchi” A movie by Teton Gravity Research


“The Journey of Snowboarding Legend, Bryan Iguchi” A movie by Jackson Hole Mountain Resort

 

 

L.A.生まれのイグチさんがスノーボードにハマっていったキッカケから聞かせてください。
サーフィンとスケートはずっとやっていたんだけど、友達がやっていたのを見て「これだ!」と思ったんだ。スノーボードは、トリッキーなスケートの遊びかたと、サーフィンのように低気圧を追いかけて波のサイクルに合わせていく自然との遊び方が山で繋がったような感じさ。それに、雪山という場所は当時の自分にとってまったく新しい環境だったのが新鮮だったし、山でのライフスタイルとカルチャーに惹かれたんだ。

スノーボードを始めた頃はどこの山を滑っていたんですか?
ビッグベアマウンテンでスノーボードパークのディガーをしながら滑ってたんだ。スノーボードでスケートのトリックをたくさん試していたよ。当時はボードの性能も年を重ねるごとに良くなっていたしトリックも進化していって、世界初メイクのトリックや新しいスタイルが生まれていく瞬間をこの目でたくさん見てきたよ。

今の時代にスノーボードを始めてもなかなか味わうことのできない感覚ですね。そういった瞬間のフッテージは世に出ているんですか?
もちろん。『The Garden』(Volcom – Veeco Production / ’94)や、『The Hard The Hungry and the Homeless』(Mackdawg Productions / ’92)、『Roadkill』 (Fall Line Films / ’93)とかに映像が入っているよ。フリースタイルスノーボーディングが始まって、初期衝動が爆発していたころが収まっている作品たちだね。ビッグベアからすべてが始まったんだ。

影響を受けたスノーボーダーについて聞かせてください。
スノーボードを始めたての頃はビッグベアで滑ってたまわりの友達だね。そしてもちろんジェイミー・リン。昔からよく一緒にいるし、僕のスキルやスタイルに影響を与えてくれたと思う。あとは、一緒に動くことの多かったテリエ・ハーコンセン、クレイグ・ケリーに影響を受けたよ。とくにクレイグはさまざまな山の知識を教えてくれた先輩だった。

クレイグ・ケリーが良き先輩だったんですね。ブレイク・ポールのインタビューをしたとき、彼はイグチさんが先輩だと言っていて、いい滑り手は良き先輩から学ぶ経験に恵まれているなと改めて感じました。滑り手として成長していくにも大事なことかもしれないですね。
そうだね。このカルチャーやシーンが健全に進化していくためにも、世代を超えた結びつきは大切なことだよね。それに、下の世代とハングアウトするのは僕にとってもすごく楽しいんだ。年をとっていくと生活的にもシリアスな事情が増えてくるだろ? そういう事情とは対極にいるような若いキッズたちと滑るのはいい刺激だし、なにより自分が若返った気分になるしね(笑)。

 

 

未知の斜面に挑戦することで、スキルアップし続けられる

 

 

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タイトなシュートは何度も雪が落ちるその地形の特性ゆえに、総じて雪が固い。
エッジングのグリップと切り返しに絶対の自信がないと滑ることは許されないスポット

 

 

現在のホームマウンテンであるジャクソンホールのいいところを教えてください。
ジャクソンホールの山は僕にとって自由を感じる場所なんだ。子供の頃から自然のなかにいるのが好きだったのもあるし、大自然に身を置くと心が落ち着く。バッファローや熊がそこらじゅうにいるようなこの山々は、パワフルな大地のスピリットを感じるんだ。それに、このエリアにある5つの山脈を探求すればするほど、今まで滑ったことのない斜面に出会うことができる。未知の斜面に挑戦することで、スキルアップし続けられるんだ。そんなスノーボード生活を送れていることに感謝の気持ちが尽きないよ。

どこの山にも、その土地ならではのカルチャーやスタイルがありますが、ジャクソンホールの“らしさ”はどんなところですか?
ジャクソンホールはバックカントリーフリースタイルのメッカといえる場所だと思う。スティープな斜面にナチュラル地形がたくさんあって、“山感覚”を磨くことができるんだ。ジャクソンで滑り込んだライダーは世代を問わず、いい山感覚が染み付いていると思うよ。

ジャクソン育ちのライダーは、フリーライドとフリースタイル感覚が高いレベルで融合していると思います。
まさしくそう。トラビス・ライスの滑りを見れば一目瞭然だよね。トラビスはパークからバックカントリーまで、スノーボーディングのあらゆるテレインのレベルを底上げした。ブレイク・ポールもフリースタイルの高いスキルを持ち合わせながらも、バックカントリーのロングラインで魅せることのできるライダーのいい例だよね。

 

 

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狭い間隔に岩が点在する斜面をすり抜けるブライアン。
凡人であればラインが乱れがちなところをリズミカルかつ美しくラインを繋ぐスキルに熟練の技が光る

 

 

ジャクソンホールのバックカントリーでは、1日あたり何本ぐらい滑ってるんですか?
もうそりゃ…、歩けなくなるまで滑れるよ(笑)。スノーモービルを使えば何本でも行ける。ランの数で考えると余裕で10本以上は滑ってるね。

…それは上手くなりますね。トリックもトライできるし。
もちろん。トリックにも好きなだけトライできるし、同じ斜面を完璧に滑れるようになるまで、何本も繰り返し滑ることだってできる。山での経験値を上げるにはこれ以上ない環境かもしれないね。

バックカントリーラインでのフリースタイルスキルって、そもそもランの数が少ないからスキルアップしづらいと思います。頑張ってハイクして、1日1ランしか滑れないのと、1日10本以上滑れるのとではだいぶ環境が違いますね。
そうだね。とくにマーク・カーターや山慣れしてるメンツでの撮影となると、前日からモービルでスポットに行って自分たちでピストン輸送をできる道を作っておく。そうすればスキー場でリフトに乗るよりも早く回せるんだ。翌日には朝イチにスポットに到着して、すぐに何本も滑ることができるんだ。

 

 

山のエネルギーを感じて、心地いいペースで歩いてから滑る1本は格別だよ

 

 

スプリットボードを使用することもあるかと思いますが、スノーモービルとはどのように使い分けていますか?
撮影となれば、効率的に移動できるスノーモービルで山に上がるよ。もちろんスプリットで山に上がって撮影することもあるけど、スプリットのときは本当に楽しむことだけを求めてる。スプリットボーディングは僕にとって儀式みたいなものなんだ。ほら、歳を重ねたり子供がいたりすると、忙しくなって生活が慌ただしくなるだろ?(笑)。スプリットボーディングは日々の生活から一旦離れて、山本来の静寂と幸福を感じるメディテーション。加速していく人生の時計をスローダウンさせて、リッチな時間を与えてくれる格好のツールさ。足の裏に伝わる雪の感触や、見える景色、山のエネルギーを感じて、心地いいペースで歩いてから滑る1本は格別だよ。

冬のシーズンはどのような毎日を過ごしているんですか?
朝は子供たちが起きる前に家を抜け出して、滑りに行く。へへへ(笑)。夜は翌日以降のプランのことを考えながら、家族とゆっくり過ごして、週末は家族とスキー場で滑ってる。

プロスノーボーダーとしてライディングすることのほかに、仕事やビジネスはしていますか?
滑ること以外ではアートワークやデザインワークに時間を費やしているね。VolcomのウェアやDRAGONのゴーグル、Arborのボードなどのプロダクトのアートワークや、Asymbolと一緒にやってる自分のアートショーのことなどで1年を通して動いているよ。自分で描いた作品を売ったりもしているし、今の収入のほとんどはアートワークで得ている。スノーボードとアートワークで生計を立てることができて幸せだと思っているよ。自分が一番に情熱を捧ぐことで、夢を実現させながら生活ができるというのは嬉しいことだね。

 

 

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アートと滑りで家族を養うことのできる環境を「Living in my dream」と語ったブライアン。自宅アトリエにて

 

 

一時期、寿司屋で働いていたという話を聞いたことがあるんですが、本当ですか?
それは本当だよ。ライダーを辞めてスノーボード業界から離れていた頃に寿司屋でシェフをしていたんだ。いい寿司を提供するためにいろんなことを学んで、そのすべてのプロセスを楽しんでいたよ。それに、夜に働いていたから昼間はずっと滑っていられたしね。撮影や仕事としてのプレッシャーもなく、ひたすら滑っている生活は最高だったね。自分のスノーボード人生のなかでも、かなり濃い数年間だった。またあの頃みたいな生活に戻ってみるのも悪くないね。奥さんと寿司レストランを開いてみるのもいいかもしれない(笑)。

得意のにぎりネタや料理はあったんですか?
それは入ってくるネタによるね。もちろん新鮮じゃないといけないし。シャリの炊き具合とお酢の分量を完璧に仕上げて、旬でフレッシュなネタさえあればパーフェクトさ。

日本食でほかに好きな食べ物はありますか?
ラーメンは安定して美味い。いつ食べても間違いないね。

実際にこうして日本に来て日本のカルチャーを体感することで、なにか感じることはありますか?
アメリカ育ちの自分にとっては、すべてが刺激的で興味深いし、学ぶことがたくさんあるよ。神道のことや日本ならではの自然に対する信仰など、自分の心のなかにあるマインドと同じ部分があると思う。神様は大地や水、朝日や夕焼け…あらゆる自然に存在する。僕もそう考えているからね。

一時的にスノーボード業界から離れる決断をしたのはどういった経緯だったんですか?
自分で決断したというよりは、そうするしかない状況だったんだ。当時の自分はフリースタイル黎明期のパークライダーとして大会をメインに活動していたんだけど、シンプルに言うと下の世代のほうがトリックが上手になって、僕は大会ライダーとしての必要性がなくなっていったんだ。あらゆる手を尽くしても若い子たちは僕以上にレベルアップし続けた。それでも僕は滑り続けて、バックカントリーの世界のスキルを磨き続けていたんだ。そのうちにバックカントリーライディングの認知度が上がってきて、僕はまたシーンに戻ってきたんだ。僕にとって第2のキャリアが始まったってわけさ。いや、第3のキャリアか?(笑)。

その頃はバックカントリーのライダーといえば、どんな人が活躍していましたか?
クレイグ・ケリーやデイブ・ダウニングがシーンをリードしていたね。ただ、当時はまだX Gamesやハーフパイプなどのフリースタイルシーンにだけ注目が集まっていて、スポンサーや企業もそこにしか投資をしようとしなかったんだ。もうそれがスノーボーディングなんだと決められていた。それでも好奇心旺盛なスノーボーダーたちは、探究心を絶やすことなく山滑りを続けて、新しい経験を積んでいった。そしてそれが僕のいた居場所でもあったんだ。雪山を見上げたときに僕らがなにを考えるかってなると、「あのライン良さそうだな。さぁどうやってあそこまで上がろうか」って。それからコンディションと睨めっこしながら、「よし、明日行こう」っていうような、“行きたい場所に行って、やりたいことをやる”。そんなスノーボーディングが好きなんだ。

 

 

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バックカントリーで多くの時間を共有してきた相棒的存在、マーク・カーターとともに、ラインを見上げる

 

 

勘や直感も大事だけど、忘れちゃいけないのは謙虚でいること

 

 

いいコンディションを当てるために、どのように山行プランを組んでいますか?
1日を最大限に楽しむために天気と予報のチェックは欠かさない。どこに雪が降るのか、風向きはどうなのかをイメージする。そういった要素が合わさったときに最高の雪を滑ることができるんだ。毎日の天気に意識を向けてよく観察するのが大切。明日は良さそうだとなれば、マーク・カーターやトラビス・ライスに連絡して、それぞれのイマジネーションと情報を駆使してアイデアを出し合うんだ。

積雪や雪崩について技術的な知識はもちろん必要かと思いますが、気持ちの部分ではなにを意識しながらコンディションのことを見ていますか?
雪崩講習などで知識を深めていくことはもちろん必須だね。マインド的な部分は、もちろん勘や直感も大事だけど、忘れちゃいけないのは謙虚でいること。バックカントリーで攻めたライディングをするというのは火遊びみたいなもので、本当に危ないことなんだ。落ち着いてそれを意識して、なにが起こるかをイメージして自分が安全だと思えなかったらそのラインを滑ることはしない。そういう見方で滑る斜面を決めているよ。積雪の層を見て、斜面の安全性を判断する正当な方法ももちろんある。だけどそれも100%安全な方法というわけではないんだ。「それぞれの積雪層がしっかりくっ付いているし、この斜面は大丈夫だ」と思った斜面でも雪崩れて命を失うリスクはつねにあるんだ。2018年の春に初めて雪崩に巻き込まれたときにそれを痛感させられたよ。

Arbor『Cosa Nostra』に収録されていた、あの雪崩ですか? 場所はどこだったんですか?
あれは2018年4月のジャクソンホールだった。正直に言うと、そのときはレイジーだったし、気を抜いてたんだ。もう麓の町は春になっていたけど標高の高い山には雪が残っているような時期で、その日は少しだけ雪が降って新雪が積もっていた日だった。季節の変わり目でコンディションが変化している時期だったにも関わらず、大事なことを見過ごしていた。強風が吹いていて、それが斜面の状態を不安定にさせていたんだ。

映像からすると長い距離を流されていましたよね。実際、雪崩に流されているときはどんなことを考えましたか?
不思議とその瞬間は恐怖という感情はなかったんだ。流れた新雪は薄かったけど破断した面積が広かったから、長い距離を流されてしまったけど、最終的に埋まらなかったし、身体のダメージもなかった。でも精神的にダメージを受けたのは、その瞬間ではなくて時間が経ってからだったよ。山滑りへの自分の姿勢をすべて考え直さなくてはならなかったし、なぜ雪崩に巻き込まれたのか、あの日に自分が下したすべての決断を疑わなければならなかった。美しい自然や面ツルのパウダーに魅せられて、舞い上がって調子に乗ってしまうことは簡単だけど、バックカントリーを滑るにあたってなによりも大事なことは安全に家に帰ることだ。しっかりとバランスを保ち、自分を見失わずに状況判断すること、そして積雪のチェックとテストを怠ってはいけない。

長いバックカントリーキャリアのなかで、それが雪崩に初めて流された体験だったんですね。
僕自身が流されたのは初めてだった。これまで雪崩に遭うことはなくて成績優秀だったけどね(笑)。今回流されたのはいい経験になったと考えているよ。雪崩のパワーに圧倒されたし、そのエネルギーを生身で感じて理解しながらも身体を壊すことはなかった。謙虚でいることの大切さと、なにが起こるか、起きているのかをつねに意識しなければならないことを改めて学ぶいい機会だった。

 

 

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いい地形を見逃さない眼と、飛べるところは飛ぶフリースタイルマインド。
観ているだけで気持ちのいいライン取りで天然バンクに駆け込む

 

 

昨今のスノーボーディングシーンではバックカントリーを楽しむ人が急激に増えている時期だと思います。今の状況をどのように見ていますか?
自然の雪山で滑るのは自由を感じることができるし、人々が大自然を探求し、コネクトするのは素晴らしいこと。ただ、自分のしていることと真剣に向き合い、山の知識を学び続けなければないらない。プロのガイドと山に入る機会を作れば、重要なことをより多く学べるし、雪崩講習を受けるのも素晴らしい経験になる。自分自身と山、自然の科学を学ぶ最高の機会だよ。焦らず、じっくり、山と向き合い続けるべきだ。知識と経験を積めば積むほど、山で自由を得ることができるんだ。

学び続ける姿勢が重要ということですね。
そう、自然の摂理と雪崩について学ぶのは一生涯のプロセスだからね。僕は学校の勉強には残念ながら不向きだったけど、山の勉強に関してはかなり積極的に向き合っているよ。本当に知りたい知識だからね。それに一緒に山に入る仲間になにかあったとき、助けられるかどうかということも、もっとも重要なことのひとつ。一緒に山に入ることは、お互いに助け合う責任があるんだ。

そうですね。一緒に山に入ることは、言い換えれば命を預け合うことだと思います。
まさにそう。そういった関係で一緒にやっている仲間との絆は、かけがえのないものだと思っているよ。とはいえ、バックカントリーで滑るためには真剣に向け合わなければいけないこともあるけど、なによりも楽しむことが大事。例えば春に残雪を滑ってみたりとか、実際には安全なコンディションの日も多くあるし、シリアスに考え過ぎなくてもバックカントリーを楽しめる日はあるからね。

 

 

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想像してみてほしい。
狭い入り口を抜けて、薄くて固い斜面でスピードを確実に調整し、ボード横1枚ぶんの細いシュートにエントリーする急斜面の世界を

 

 

撮影などでスケッチーなラインを滑る前、どのようなことを頭のなかで考えていますか?
どんな場所で滑るにしても、最後は愛する家族のもとに帰りたいし、まず頭によぎるのはやっぱり家族のことだね。そして視覚的なイメージとして自分が滑るラインのことを想像する。そのあとは頭を空っぽにして、なにも考えないようにしている。毎回必ずこのようにしてドロップしているんだ。頭のなかのイメージではもうすでに何度も何度もシュミレーションしているから、雪の状態、ひとつひとつのターン、すべての自分のアクションに自信を持って全開で滑る。そんなときにいちばん自由を感じるんだ。

ポジティブ思考に完全に切り替えてからドロップということですね。もし、滑っている最中に積雪の状態が思っていたよりも不安定だったり、滑り出してからイメージと違った場合はどのように対処していますか?
想定できるリスクに関しては、それは斜面チェックの際にすべて潰してからドロップするよ。何度もそのラインをイメージして、起こりうるすべてのシナリオを想像する。恐怖やリスク要素が消えないなら僕はその斜面を滑らない。山はいつでもそこにあって、僕らを怖がらせたりはしない。その恐怖というのは山や斜面に対するものではなくて、自分の判断に対する恐怖だ。もしも滑り出してから想定を超えるできごとが起きても、調整して合わせていくんだ。でも細かいことを考えているわけではなくて本能的に身体が反応するような感じだね。踏み込むターン、軽めのクイックなターン…いろんなターンの方法で斜面と雪に合わせていくんだけど、実際に滑っているときはすべて無意識にやっているものだよね。

 

 

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スプレーにはふたつの種類がある。板を横にしただけの惰性のそれと、フルカービングでパウダーを根こそぎ蹴り上げるリアルなほう。
これは言うまでもなく後者のスプレーだ

 

 

僕はただ自分のやるべきことに集中しているよ。滑るためにね

 

 

長きに渡りプロスノーボーディングの世界にいるイグチさんですが、今の業界やシーンに対してどのように感じていますか?
僕がこんなこと言うのはおかしいかもしれないけど、業界のことはまったくわからないよ(笑)。僕はただスノーボードをすることが好きなだけ。滑りたいだけなんだ。自分の住んでいるジャクソンホールではみんなが滑ることを楽しんでいるし、これからもポジティブな方向に進んでいくと思ってるよ。ボードがどれだけ売れるとか売れないとか、スノーボーディングに対する景気の影響とかに関しては正直わからない。もちろんスノーボードのビジネスは僕の生活を支えてくれているけど、僕はただ自分のやるべきことに集中しているよ。滑るためにね。

イグチさんが今もなお進化した滑りを発信しているのは、多くのスノーボーダーをアツくさせていると思います。今も精力的に活動しているモチベーションはどこからきていますか?
山だよ。見上げて自分が滑るラインを想像するだけで十分さ。そんな山々が自分の住む場所にあって、一生をかけても滑りきれないほどのいい斜面がたくさんあること。それに、外に出ずに仕事だけの生活になってしまったり、家でテレビを見ているだけの生活は僕には合わないんだ。外に出て、山に上がって大自然と繋がる。そんなふうに山を登って滑るというのは、心身の健康にもほかにはないほど良い習慣だと思ってる。

では最後に、読者のスノーボーダーたちにメッセージをお願いします。
滑って、そして滑って、滑り続けていこう。旅をして外の世界を見よう。愛を持って人と接して、世界中にたくさんの友達を作ろう。

ロングインタビューになりましたが、ありがとうございました。付け加えたいことはありますか?
とくにないよ。いい質問をしてくれたし、いろんな大事な話ができたと思う。二日酔いの朝にしては僕らはかなりいい仕事をしたと思うよ(笑)。こちらこそありがとう。

 

 

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ブライアン・イグチ / Bryan Iguchi
1973年9月10日生まれ、カリフォルニア州ロサンゼルス出身。スノーボードにのめり込み、高校卒業と同時に同州ビッグベアに移住。スケートのスタイルをスノーボードに持ち込み、ニュースクールムーブメントを牽引。その後ワイオミング州ジャクソンホールにベースを移し、バックカントリーシーンを開拓。今もなお未知の斜面やエグいシュートを攻め続ける、スノーボード界のリビングレジェンド。

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